2011年02月28日

昔話その2

昔話ついでに、ちょっと暗い話題を長文で。

まだ34歳と自分では若いつもりですが、実際は死がかなり身近になってきたと感じています。
昨日のブログで書いた友人達といった青森、その中の一人はすでにこの世にいません。ドラマーだった彼は、車を修理中の事故で亡くなってしまいました。もうかれこれ5〜6年は経つのでしょうか。突然の事に、今でも実感がありません。その為に何年前だったかも覚えていられませんし、私の携帯にはまだ彼の電話番号とメールアドレスが残っています。
気前の良い奴で、当時学生でお金がなかった私をよくご飯に連れてってくれたものです。車も持ってなかったので、吹奏楽の練習後は家まで送っていってもらったり。最初はエスクードに乗っていて、RV車とは思えない変な改造をしてたり、その後はエスティマに乗ってたんだっけなあ。よく事故を起こしていて、しょっちゅう車が変わっていましたね。
彼の機材は、仲間達が引き取るという事になっていましたが、どうなっているのでしょう。

さらにさかのぼり、中学校時代に同級生だったドラマーは、高校生になった時に水の事故で亡くなりました。仲が良かった訳ではありませんので、ドラムを叩いている姿は一度も見ることがありませんでした。高校生ながら2バスのセットを家に持っており、その写真を見た事がある位です。
もし今も生きていたら、ドラマー仲間になっていたのでしょうか。

そして最近の話ですが、とあるバンドのボーカルが亡くなりました。先日、ボーカル無しでライブをしました。いつも私がPAをしており、レコーディングも一度しましたね。機材の調子がいつも悪く、足元の設定が安定しなかったり、突然入力が無くなり声が出なくなったり。
リハーサルの際、そのボーカルマイクを使って友人が歌おうとしましたが、私がチェックして大丈夫だったはずなのに、音が出ないのです。結局そのマイクは使わずに置いておき、常設の機材を使用しました。余談ですが、本番の時は正常だったんですよ。

さらに最近の話ですが、友人の友人であるドラマーが亡くなりました。私とは、2言3言喋った事がある程度なので、彼は私の事を覚えていないかったかもしれません。私がよく覚えているのは、吹奏楽団の集まりの時にその彼がドラムを叩いており、休憩の時に私も叩かせてもらった事です。あれは文化会館の地下練習室だったと思います。タムを地面とほぼ水平にセッティングしており、とても叩きにくかったのです。そのセッティングで確実なプレイをするのにびっくりしました。

いつ突然自分も死んでしまうかわかりません。今日かもしれませんし、明日かもしれません。逆に、50年も60年も先かもしれません。身が引き締まります。
posted by Motty at 23:58| Comment(4) | 日記